大予言私見
諸世紀10章72番
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ノストラダムスの主な経歴



  本名: ミシェル・ド・ノートルダム


  •  父: ジョム(ジャック)・ド・ノートルダム:収税吏兼公証人
  •  母:ルネ(レニエール)・ド・サン・レミとの長男
  •  父方の祖父:ペイロ(ピエール):ユダヤ系の医学博士
  •  父方の祖母:ブランジュ・ド・サン・マリ
  •  母方の祖父:ジャン・ド・サン・レミ:ユダヤ人の占星術医師

  •  1503年12月14日:ローマ領 サン・レミ・ド・プロバンス、 にて誕生。
     幼少のころから祖父ジャン(母方)に、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語、 歴史、数学、天文学などの教育を受ける。
  •  祖父ジャンの死後、バリー街の両親のもとに戻り祖父ペイロ(父方)の 教育を受ける。天才的なミシェルは14歳の時アビニョンの法王庁大学に入学。
  •  1518年〜 アビニョンの法王庁大学にて、哲学、修辞学等を学ぶ。 このころ、地動説を提唱。( コペルニクス地動説を発表 したのは1543年、その約25年前)
  •  1523年:両親が異端弾圧を恐れて、天文学者ではなく医者にしよう とする。このとき、遠く離れたモンペリュエにある欧州でも指おりの総合大学 に入学 。
  •  1525年:学士号と医師免許を取得。ペストの専門医として開業。
    彼独自の方法で治療。 また、ナルボンヌ、カルカッソンヌでも治療を行い、 奇跡の医者と呼ばれる。
  •  1529年:モンペリュエ大学にて3年間の臨床結果の報告。医学博士号取得。
  •  1531年:アドリエット(裕福な ド・ルーブジャック家の令嬢)と結婚。
  •  1535、36年:続けて男子2人が誕生。
  •  1537年:ペストで妻・息子2人を失う。 第一異端審問の裁判所出頭を命じられたが出頭せず。 失意のうちに放浪の旅に出る。旅の途中『カピトーリウム神託集』の存在 を知る。
  •  1544年:『カピトーリウム神託集』、ポラポロンの『象形文字 の解釈 U』などの書物を入手。12月、プロバンス冬期大洪水が発生し、 ペスト大流行。 エクス、マルセイユでペスト治療。
  •  ペストの治療に 『安息香酸』 を使う。さらに、リヨンでもペスト治療。
  •  1547年:リヨンの出版社が『エジプトの神秘』の復刻版をノストラダ ムスに送る。12月、44歳の時アンヌ・ポンサール(アナ・ポンチア・ジェムレ) (資産家の未亡人)と再婚。約10年で6人の子をもうける。リヨンの妻の 家の3階を研究室とする。
  •  1550年:『暦』を発行。
  •  1552年:『化粧とジャムに関する概論』出版。
  •  1555年:『予言集』の四行詩の第一段出版。
  •  1556年:王妃カトリーヌ・ド・メヂシから王宮に呼ばれる
  •  1566年7月2日:痛風の悪化に苦しんでいたが、リヨンの研究室の ベッドと椅子の近くで死去。享年63歳。

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