吉川英治
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- ペンネーム
- 吉川雉子郎、吉川独活居、杉田玄人、望月十三七、
中條仙太郎、不語仙亭、朝三李四、杉村亭々、吉川英治
- おいたち
- 1893.7.1〜1969.12.13
神奈川県久良岐郡中村根岸に吉川直広の次男
として生まれた。明治31年千歳町の山内尋常
高等小学校に入学、転居により南区南太田の
尋常高等小学校に転校。父直広の事業の失敗
により明治36年中退。時に英治11歳。以後印章
店の住込店員、活版工、土建労務者、横浜ドッグ
船具工などを勤めた。18歳の時、ドッグでの作業中
船底に転落し重傷を負い野毛山にあった十全病院
に入院。退院後上京し、工員などをしながら、
日本新聞川柳欄に投稿をはじめ、大正3年三越百貨店
が募集した「文芸の三越」に川柳一等当選。以後
懸賞小説の入選などを経て、大正10年、東京毎夕
新聞社に入社。以後精力的に作品を書き続け、世に
認められるようになっていく。
昭和35年 文化勲章受章
昭和37年 毎日芸術賞受賞
同年9月7日、癌の悪化により死去。
- ゆかりの作品
- かんかん虫は唄ふ(昭和14年)
忘れ残りの記
ナンキン墓の夢
- 代表作
- 鳴門秘帖
宮本武蔵
新・平家物語
私本太平記
新・水滸伝
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