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 Area 獅子ケ谷横溝屋敷

主屋
穀倉 蚕小屋 米俵

 横溝家は、16世紀末の慶長年間から、獅子ヶ谷村の名主をつとめてきた家です。 名主の身分は百姓で、名主という名は関東地方の呼び方です。関西では庄屋、北陸・ 東北では肝煎といいました。
 横溝家の初代の名前は、五郎兵衛といい、代々この名前を継ぐ慣習がありました。 江戸時代には、村人と力をあわせて鶴見川の周辺を開墾して水田にしたり、谷間に 溜池をつくったりしました。明治になると、」横浜港から輸出される生糸やお茶の 生産をはじめました。主屋の二階では、さかんに養蚕がおこなわれました。
 獅子ヶ谷の地名は、熊野権現の獅子舞を受け持ったことに由来すると伝えられて います。村の戸数と人口の移りは、文政10(1827)年は38軒226人、安政2(1855) 年は39軒244人、明治3(1871)年は42軒278人でした。村の石高(米の量)は、 正保年間では244石余、元禄では271石余、天保・明治元年では309石余と記録 されています。1石とは1升ビン100本分の量です。
                                       屋敷内の説明文より

鶴見区獅子が谷町3-10-2  045-574-1987
入場無料 9:30〜16:30 休=月、祝翌日、年末年始、特別休館日
バス JR鶴見駅西口、東横線綱島駅から臨港バス…「神明社前」下車
    新横浜から臨港バス、市バス…「表谷戸」下車
       
横溝屋敷 横浜市オフィシャルサイト
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