長延寺
良泉寺
笠のぎ稲荷
金蔵院
熊野神社
成仏寺
慶運寺
浄滝寺
高札場
本陣跡
宗興寺
洲崎大神
甚行寺
権現山
本覚寺
大綱金比羅・三宝寺
袖ヶ浦
関門跡
上台

Area  慶運寺

JR線路脇の本堂 京浜東北線脇 史跡フランス領事館跡 境内の亀の手洗い場も有名だが、
門前の碑の下にも亀がいる
神奈川宿本陣を滝の川沿いに上流に向かうと二ツ谷の慶運寺 横浜開港当時のフランス領事館
神奈川スケートリンクの交差点をJRガード下をくぐってすぐ左側 JRからも京浜急行からも線路沿いに見える
室町時代の創建 慶応の大火で焼失した浦島伝説を持つ浦島院観福寿寺を併合したので浦島寺と呼ばれる

 ★ 浦島太郎伝説   相模の国三浦の里に、水江の浦島太夫という人が住んでいました。太夫は仕事のため、久しく丹後の国へ赴いていました。その子の太郎が一日海に出て帰る際、浜辺で子供らにいじめられていた亀を助けました。太郎は助けた亀に連れられて「竜宮城」へ行き、乙姫様のもてなしを受けました。月日の経つのも夢のうちで、いつしか3年の歳月が流れました。  父母恋しさに暇を告げたところ、乙姫様は別れを惜しんで、玉手箱と聖観世音菩薩を太郎に与えました。故郷の土を踏んだ太郎には、見るもの聞くものすべて見知らぬものばかりでした。ついにこの玉手箱を開きますと、中から白い煙が出てきて白髪の老人になりました。3年と思ったのが実は300年、すでに父母はこの世の人ではなく、武蔵の国白幡の峰に葬られてあると聞いて尋ねてみると、二つの墓石が淋しそうに並んでおりました。  太郎は墓の傍らに庵を結んで菩薩像を安置し、父母の菩提を弔いましたが、この庵がのちの観福寿寺で、通称「うらしまでら」と呼ばれました。観福寿寺は明治5年に廃寺になり、現在は慶運寺に聖観世音菩薩像が安置されています。  なお、浦島丘の蓮法寺には浦島太夫・太郎父子の供養塔や亀塚の碑があります。  また、七島と大口通との境を流れていた川は浦島太郎が足を洗った川だということで、大口通に足洗川の碑があり、子安通一丁目には太郎が足を洗ったという井戸があります。          参考 出典:神奈川区歴史あらかると 

古図 手前に滝の川が流れる 左手が区役所方面
小学生時代に、この近くに住んでいた川上一也君の家に時々遊びに行った  元気かなあ?
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江戸時代
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