日蓮聖人が頸の座に臨まれた龍口刑場跡。文永8(1271)年9月12日の夜、
越智(依智)三郎が刀をふりあげたが大聖人を切ることはできなかった (龍口法難)。
「江のしまのかたより月のごとくひかりたる物まりのようにて辰巳のかたより戌亥のかたへ
ひかりわたる、十二日の夜のあけぐれ人の面もみへざりしが物のひかり月よのやうにて
人人の面もみなみゆ、太刀取目くらみたふれ臥し兵共おぢ怖れけふさめて一町計りはせのき、
或は馬よりをりてかしこまり或は馬の上にてうずくまれるもあり、日蓮申すやう いかにとのばら
かかる大禍ある召人にはとをのくぞ近く打ちよれや打ちよれやとよばわれどもいそぎよる人もなし、
さてよ あけばいかにいかに頸切べくはいそぎ切るべし夜明けなばみぐるしかりなんとすすめ
しかどもとかくのへんじもなし。」
種種御振舞御書
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