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国指定指定史跡 永福寺跡
この地周辺約九万平方メートルは、源頼朝が建立した「永福寺」の跡で、
国指定史跡に指定されています。
永福寺は源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊の為に
建てられた寺で、平泉二階大堂大長寺院等を模倣して、建久三年(一一九二)、
工事に着手しました。
鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和五十六年から発掘調査を行い、
中心部の堂と大きな池を配した庭園の跡を確認しました。
堂は左右対称に配置され、二階堂を中心に北側に薬師堂、
南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、東を正面にした、全長が南北
二三○メートルに及ぶ伽藍で、前面には南北二○○メートル以上
ある池が造られていました。
鎌倉市では昭和四十二年度から土地の買収を行っており、今後は
史跡公園として整備事業も進めていく予定です。
平成五年三月三十日
鎌倉市教育委員会
(跡地脇の説明書き)
源 頼朝が1192(建久3)年、建立 中尊寺、毛越寺を模して二階堂が造られた大寺院であった。
室町時代には消滅。国の史跡に指定され発掘調査が行われている。
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永福寺世ニ二階堂ト稱ス
今ニ二階堂ナル地名アルハ是ガタメナリ
文治五年頼朝奥州ヨリ凱旋スルヤ
彼ノ地大長壽院ノ二階堂ニ擬シテ之ヲ建立ス
輪奐壮厳洵ニ無雙ノ大伽藍タリキト云フ
享徳年間関東管領ノ歿落セル頃ヨリ後
全ク頽廃ス
大正九年三月建之 鎌倉町青年會
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