鎌倉時代、商人や手工業の職人の間に同業組合のような「座」が設けられた。商人達は、
幕府や寺社に運上(一種の税金)を納めることによって、その権利を保護された。主な座は材木座、
絹座、炭座、米座、檜物座、塩座、魚座の七座(馬商座ほかを入れる説もある)。
材木座は市の東南部一帯をいい古名を和賀といった。材木座海岸 (滑川東岸)を和賀江または
和賀江津と呼んでいた。港は混雑し繁盛していたが、遠浅の海岸の為、気象状況により座礁などが
あとを断たなかった。三代執権泰時の時代、伊豆石で島を築き和賀江島を造った。我が国最古の
築港遺跡で、この島ができることによって材木座の港湾機能は飛躍的に増大した。この港は
江戸時代末まで使われた。
干潮の時、飯島崎の沖には石造りの和賀江島が見える。地元の人はこの辺りを「いそ」と呼び、
またサーファーのメッカとなった最近ではこの浜にはサーフショップが林立する。
和賀トハ今ノ材木座ノ古名ニシテ 此ノ地往昔筏木運湊ノ港タリシヨリヤガテ今ノ名ヲ負フニ至レルナリ
和賀江嶋ハ其ノ和賀ノ港口ヲ扼スル築堤ヲ言ヒ今ヲ距ル六百九十餘年ノ昔
貞永元年勸進 聖人往阿彌陀佛カ申請ニ任セ
平盛綱之ヲ督シテ七月十五日起工八月九日竣功セルモノナリ
大正十三年三月建 鎌倉町青年團
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