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渋川刑部六郎兼守は謀反の罪を着せられ処刑されることとなった。その無念の気持ち
を歌に詠み荏柄天神社に納めた。歌人として優れた三代将軍源実朝は彼の歌十首を
手に取り、深く感動して彼を無罪放免にした。 渋川六郎はこのことに感謝し、二階堂川に架かる橋を造営し寄進した。 その由来により歌の橋と呼ぶ。 鎌倉十橋のひとつ。かながわの橋100選。二階堂川は歌の橋の下流で 滑川 に注ぐ。 鎌倉十橋ノ一ニシテ建保元年(皇紀一八七三) 二月澁川刑部六郎兼守謀叛ノ罪ニヨリ誅セラレントセシ時 愁ノ餘リ和歌十首ヲ詠ジテ荏柄社頭ニ奉獻セシニ 翌朝将軍實朝傳聞セラレ 御感アリテ兼守ノ罪ヲ赦サレシニヨリ 其ノ報賽トシテ此ノ所ニ橋ヲ造立シ 以テ神徳ヲ謝シタリト傳ヘラレ此ノ名アリ 昭和十二年三月建 鎌倉町青年團 |