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鎌倉十井 のひとつ。
鎮西八郎為朝
伝説が残る。保元の乱で敗れ伊豆大島に流罪になっていた為朝が、あるとき
海辺で腕試しのために鎌倉の天照山を的に弓を射た。強弓で有名な為朝は
流罪にあたり腕の筋肉を切られていたが、その強弓は衰えず18里を越えて
この井戸に落ちたという。村人が矢を抜いたが矢の根が井戸に残った。 のちに里人が矢の根を抜いて住吉明神に奉納したが、水が濁ってしまった ので井戸に返したと伝わる。今も竹筒に矢を入れて祀っている。 井戸は八角形。二角は逗子の分で六角が鎌倉分なので六角ノ井という 説が残る。 |