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比企ガ谷に堂宇を並べる日蓮宗の寺。源氏の重臣比企能員の館跡。
比企氏は頼朝の乳母 比企の尼が、伊豆流罪中の頼朝を良く助けたため、
鎌倉幕府開幕後も重用された。比企能員は比企尼の養子であり源頼家の
乳母夫であったうえに、娘の若狭局が源頼家に嫁して一幡を生み、
外戚としての権勢はさらに大きくなった。
比企氏 勢力の拡大を恐れた北条時政により、
1203(建仁3)年滅ぼされた
。
文永11(1274)年比企能本が妙本寺を創建、一族を供養した。開山は日朗。
比企氏の系図等は、同氏滅亡により不明な点が多い。
LINK
北条氏独裁への道−歴史データ館
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能員ハ頼朝ノ乳母比企禪尼ノ養子ナルガ
禪尼ト共ニ此ノ地ニ住セリ
此ノ地比企ケ谷ノ名アルモ之ニ基ク
能員ノ女頼家ノ寵ヲ受ケ若狭局ト稱シ子一幡ヲ生ム
建仁三年頼家疾ムヤ母政子關西ノ地頭職ヲ分チテ
頼家ノ弟千幡ニ授ケントス
能員之ヲ憤リ密ニ北條氏ヲ除カント謀ル
謀泄レテ卻ツテ北條氏ノ爲一族此ノ地ニ於テ滅サル
大正十二年三月
鎌倉町青年團建
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