1063(康平6)年、相模守源頼義が京都の石清水八幡宮の分社をこの地に勧請。
のち源頼朝が鶴岡八幡宮に遷してからは元八幡と呼ばれる。
鶴ヶ岡八幡宮ハ東鑑ニ本社ハ
伊豫守源頼義勅ヲ奉シテ安倍ノ貞任征伐ノ時
丹祈ノ旨有テ康平六年秋八月潜ニ石清水八幡ヲ勸請シ
瑞垣ヲ當國由比ノ郷ニ建ツ
永保元年二月陸奥守義家修復ヲ加フトアルハ
即此處ニシテ 鶴ケ岡トハ昔時此地ヲ呼ヒタルナラム
其後治承四年十月十二日源頼朝祖宗ヲ崇メン為
小林ノ郷北ノ山ヲ点シテ宮ノ廟ヲ構ヘ
由比ノ宮ヲ此處ニ遷シ奉ル
之レ現時ノ八幡宮ニテ東鑑ニ治承四年十月七日
頼朝先ツ遥ニ鶴ケ岡八幡宮ヲ拝シ奉ルトアルハ
由比ヶ濱ノ宮ナリ
遷宮ノ後モ鶴ケ岡八幡宮ト云ヒシハ舊称ニ従ヘルナリ
爾来此處ヲ元八幡ト称ス
昭和三年三月建之 鎌倉町青年團
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