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 鎌倉十井のひとつ。
 正嘉2(1258)年1月17日、長谷甘縄の秋田城介、安達景盛の館から出火し、 寿福寺を焼き、泉ヶ谷の浄光明寺向かいの新清水寺も類焼。その新清水寺に 祀られた鉄観音像の頭が行方不明になった。江戸時代になってから、ここ鉄ノ井 から掘り出され、明治の神仏分離令等を経て日本橋人形町の大観音寺に移された。


 鉄造菩薩頭
   所在地 中央区日本橋人形町1-18-9(大観音寺)
 この菩薩頭は鋳鉄製で、総高170センチメートル、面幅54センチメートル。頭頂部のみは 後に補修され鋳銅製。頭上には高さ53センチメートルの高髻があり、後補の鋳銅製蓮華座に 乗っています。
 この像は、もと鎌倉の新清水寺にあった観音像でしたが、鎌倉時代の火災で崩れてしまい ました。江戸時代に頭部が鶴岡八幡宮前の鉄井から掘り出され、明治初年の神仏分離の令に 際し鎌倉から移され、明治9年(1876)大観音寺に安置されています。以後、本尊として 今日に至りました。毎月17日に開帳され、信仰を集めています。
 中世造立になる関東特有の鉄仏のうちでも、鎌倉時代製作の優秀な作品で、昭和47年4月、 都指定有形文化財に指定されています。
  平成8年3月             中央区教育委員会
                   大観音寺説明板より(趣意)


鐡井
鎌倉十井ノ一ナリ 水質清冽甘美ニシテ 盛夏トイエドモ涸ルルコトナシ  往昔此井中ヨリ高サ五尺餘リノ首許ナル鐡観音ヲ掘出シタルニヨリ鐡井ト名付クトイフ  正嘉二年(皇紀一九一八)正月十二日丑ノ剋 秋田城介泰盛ガ甘縄ノ宅ヨリ失火シ  折柄ノ南風ニ煽ラレ火ハ薬師堂ノ後山ヲ越エ寿福寺ニ到リ 郭内一宇モ残サズ焼失セシメ  餘焔ハ更ニ新清水寺 窟堂若宮寶蔵 同別當坊等ヲ焼亡セシメタルコト東鑑ニ見エタリ  此観音ハ其ノ火炎ニカカリ土中ニ埋モレシヲ掘出シタルモノナラン  尊像ハ新清水寺ノ観音ト傳ヘ 後此井ノ西方ナル観音堂ニ安置セラレシモ 明治初年東京ニ移セリトイフ
                    昭和十六年三月建       鎌倉町青年團             

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