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扇ガ谷から湧き出した川は、寿福寺と八坂神社の間をとおり横須賀線の踏切
(鎌倉駅側の脇)を横切り、岩屋小路へと流れていた。現在は暗渠となり、
岩屋小路の途中から川の姿
を現している。 橋の名の由来のお勝の方は、太田道灌の末流太田康資の娘で幼名お八。 お梶と名を改めて徳川家康の側室となり寵愛を受け、関ヶ原、大坂両役の お供をした。豊臣家滅亡の大坂夏の陣の勝利にちなみ「お勝」と名を改めた と伝わる。 水戸徳川藩 の祖、頼房の養母で家康没後 剃髪して英勝院と号した。太田道灌の邸宅跡、 扇ヶ谷に 東光山英勝寺 を建立。この尼寺は代々水戸家の子女が住職を勤めた。 「かつのはし」とも「かちのはし」とも呼ばれるが、「お梶」改め「お勝」から 類推すれば「かち」に軍配があがるような気がする。 |