大塔宮(おおとうのみや)とも呼ばれる。
後醍醐天皇の長子 護良親王は、建武の新政の際に
征夷大将軍に任ぜられた。
足利尊氏と対立し鎌倉に流され、この地の土牢に9ヶ月間幽閉された。
中先代の乱の最中、尊氏の弟 足利直義の命により斬首された。
裏手に護良親王が幽閉されたという土牢が残るが、閉じこめられたのは
土蔵のようなところであったという異説が残る。東光寺跡。
境内にはカエデの大木が道の上に覆いかぶさり、
「モミジの天井」と呼ばれる。 紅葉の季節はその見事な枝振りが
真紅に染まる。
近くに
護良親王の墓所
がある。
1869(明治2)年に、明治天皇が護良親王の悲惨な死を悼み鎌倉宮を
創建された。岐れ路からの正面参道は、1893(明治26)年に造られた
道で大倉幕府の敷地を斜めに横切っている。
五月雨や岩むろを悲み奉る 虚子
|
|