中世、鎌倉には商工業の組織が七つあった
特権的同業者組合を「座」と称した。
「米 座」 大町四つ角の西側は、米町、穀町といった町屋があった
「相物座」 (魚、塩) 大町四つ角の南側、魚町橋周辺。
江戸時代以前は魚屋のことを相物(合物、塩干物)といった。
「博労座」 馬方の組合。馬商座ともいう。
「炭 座」 下馬近く延命寺の西を流れる滑川は、ここでは炭売川と呼ばれる。
「材木座」 和賀江島を築き、材木をここから陸にあげた。檜物ノ座ともいう。
「絹 座」 14世紀、絹の需要が拡大し、絹座が興る。
「千朶積座」 行商の座。
その他、「紙座」ほかを七座に数えることもある。
鎌倉時代の文献には材木座と博労座が出てくる。
「戌の刻にまた焼失す。柳厨子より博労座に至る。 」(吾妻鏡 弘安3年11月12日)
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