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鎌倉時代の繁栄した頃は、大町の付近は商業地であり、小町が屋敷町であった。その境が
この夷堂橋であり、この橋の北側を小町、南側を大町と呼んだ (新編相模国風土記)。 文永11(1274)年3月26日佐渡流罪を赦免になり、鎌倉入りをされた日蓮聖人は当初、夷堂橋 のたもとにあった夷堂に身を寄せたと伝えられる。 この夷堂は大倉幕府の裏鬼門にあたるところであったので、源頼朝が守神として建立した。 現在は日蓮宗 本覚寺 が建つ。 鎌倉十橋 のひとつ。 |
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鎌倉十橋ノ一ニシテ 此邊ハ 往昔夷堂アリシトイフ 此川ハは上流ニテ胡桃川ト云ヒ
浄明寺門前ニ至リ滑川ノ名アリ 文覺屋敷ト傳ヘラルゝ邊ハ坐禅川ト唱ヘ
此邊ハ夷堂川ト呼ビ 延命寺ノ傍ヨリすみうり川ト名ツケ 閻魔堂址ノ邊ニテハ閻魔堂川トイフ
昭和七年三月建 鎌倉町青年團 |