市指定史跡
大浦山
長楽寺
真言宗
弘治元年(一五五五) 中興開山尊有により再興
安政元年(一八五四)十二月、当寺において日本全権筒井政憲・川路聖模と
ロシア使節海軍中将プチャーチンとの数回におよぶ交渉の結果、日露和親条約
(日露通好条約)が締結された。これによって国境が定まり、択捉島と得撫島
の間に国境を置き、択捉・国後・歯舞・色丹は日本領に、得撫島以北の千島列島
はロシアに属し、樺太については日露両国人の雑居を認めることになった
また、同二年(一八五五)一月、米国使節アダムス中佐と日本側応接掛井戸
対馬守等の間で、先に締結された日米和親条約批准書の交換が当寺において
行われた。
参道左側の高台にあった梵鐘は良く響き、江戸時代から「時の鐘」として
下田港に停泊中の船舶や町民に親しまれていたが、戦時中に供出された。
現在の鐘楼と梵鐘は昭和五一年に再建されたものである。
なお、伊豆横道三十三観音の第二十三番であった宝光院が廃寺となり、聖観音
立像は当寺に移され、厨子に安置されている。
下田市
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